2019年07月
身の周りの災いなどが発生する確率がかなり低いので自分は大丈夫だと自信を持って言う人がいますが、確率ゼロでない限り自分の身にも起こり得る、全く起きないという保証はないと考えたほうが良いのではないでしょうか。これまでないからこれからも永遠にゼロであり続けるというよりもそろそろ起こり得ると考えたほうが現実的です。物理的にあるいは科学的に全くあり得ないということを別にすれば世の中何でもあり得ると考えたほうが良さそうです。想定外のことが普通に起きる世の中です。

高齢者の自動車事故が最近増えています。最近とみに報道される機会が多く、昔はこんなに頻繁ではなかったとの印象を持ちます。昔は高齢者の事故が少なかったのかあるいはあっても世の中が現在ほどの高齢者社会ではなく今でいう高齢者の運転はそれほど多くはなかったのではないかと考えています。運転ミスではブレーキを踏むつもりが間違えてアクセルを踏むケースが多くなっていますが、なぜこのようなことが起こるのかと考えてしまいます。こういう私も高齢者の部類に入りつつあり、自分ではあり得ないと思っていますが、かといって将来においてもそうなのかとは中々言いきれません。咄嗟の時の判断の鈍さ、パニックに陥った場合の頭脳の混乱などが、考えられないような運転操作ミスを引き起こすのかもしれません。最近では踏み間違えないような補助機器の据え付けなどが流行ってきていますが、とにかく車は走る凶器です。自分に限ってはアクセルとブレーキの踏み間違いは起き得ないと考えるのではなく、車が生活する上での必需品でない限り、歳を経て運転に不安、こわさを覚えるようになったら免許は返納すべきタイミングと考えます。

こちらから話しかけて相手が何も返事をしない、何のリアクションもしないといったことがあります。話しかけたほうは無視されたような印象を持ちます。考えている間の沈黙、あるいは返事をせずに頷きで返しているケースもあると思いますが、話し掛けたほうは何らかの言葉で発したリアクションを相手から期待します。話し掛けられた場合は相手の目を見て話を聞くという態度をはっきりと見せるのが、話し掛けた人への礼儀です。心ここにあらずといった感じで話し掛けた相手とは違った方向に視線を向けるとか、パソコン、書類に目を落としたまま聞くのでは相手に失礼になりますし、話を聞こうという姿勢が感じられません。今忙しいからちょっと待ってくれという一言も大事になります。仕事でも家庭生活でもお互いにコミュニケーションをとる上で話を聞く態度は非常に重要なことです。

人から話を聞く、読むなどのインプットだけでは吸収したことがあまり頭に残らず、これを書き留める、あるいは誰かに話さなければ記憶として定着しません。そしてこれを十分理解し誰かに説明することができなければ本当の知識と言えません。人から聞いて分かったつもりでも人に説明するとなると十分な説明ができなくなる、如何に不十分な理解のまま分かったつもりでいたかを悟るようになります。自分の生きた知識とするには相手からの質問に何でも答えられなければなりません。そして完結は自分で得た知識を行動に移すことです。そうすることによって知識は本当に生きた知恵になります。

2019年04月
「令和」、新元号が決まりました。これほど新元号が注目された年はありませんでした。改元の年月日が明らかにされていましたし、マスメディアでは新元号の予想も立てられました。平成の始まりは昭和天皇の崩御後であり、世の中は自粛ムードだったと記憶しています。
今回は「平成30年を振り返る」などの回顧番組も多数ありましたし、「平成最後の…」という枕詞が耳障りなほど聞こえてきました。平成は戦争のなかった時代でしたが、令和はどのような時代だったと後世に語り継がれるのでしょうか?平成の倍以上のスピードでめまぐるしく世の中が変わっていくのではないでしょうか。私も昭和のノスタルジアを感じる歳ですが、終わりのない技術革新の波が次から次へと押し寄せてくるのでしょう。

先日国連より国別世界幸福度ランキングが発表されました。興味本位でしか順位を見ていませんが、一方でなぜこのような順位になるのか推察したくもなります。幸福度はいくつかの項目を数値化していますが、これは国の構成要素である国民一人一人が今をどう感じているかを調査するのではなく客観的な側面から国の現状を数値化したものでその意味でこのランキングは本当に国民の幸福度を反映しているのだろうかと思います。
日本は全200か国中58位でした。幸福度を測る項目としては一人あたりのGDP、平均余命、寛大さ、社会的支援、自由度、腐敗度とのことですが、国民に今の人生、振り返って過去の人生、あるいはこれからの人生が幸せか、不幸せかを問うて、何%が幸せに感ずるかを集計したほうが実態に近い幸福度と言えるのではないでしょうか。国連のやり方であれば国民でなく国が幸せかを測るものであり、国民一人一人が実際にどう感じているかの肝心の視点が抜けています。日本が58位という順位もそれぞれの項目を見れば何となく頷けます。社会保障の手厚い北欧が上位にあるのも理解できますが、言論弾圧の激しいあのサウジアラビアが18位というのはうなずけません。多くの世界ランキングは裏付けのある数字をべースにしており信頼性はありますが、幸福度ランキングのように調査に携わる人の私情が入り易いランキングについてはその信憑性に少し疑問符が付きます。

それにしても日本の世界ランキングは凋落傾向です。一人当たりのGDP、競争力ランキング、子供たちの学力ランキング、報道の自由度ランキングなど、順位を落としているものが多く明らかに国力が低下していることを意味しています。かつての資本主義国の優等生はどこに行ったかという感じを抱きます。実質賃金の値下がり、実質購買力の低下、消費増税、政治に対する不信感、年金支給に関する将来不安など、ハッピーとは言えない状況が続いています。

先日ある女性歌手のコンサートに行ってきました。コンサートの年間スケジュールが1年前以上に決まり、何時間のステージに立つわけですから、健康を維持し喉の調子も崩さずにその日に望む、このようなストイックな管理をしなければなりません。毎日ではないにしろ大変なことです。歌舞伎役者、劇場役者は毎日の講演を何日間も続けなければなりません。欠席すれば公演中止、あるいは急遽代役をたてるなどの方策を立てねばなりません。
商売の上とはいえ、きちっとした自己管理に頭が下がる思いです。

2019年01月
明けましておめでとうございます。
2019年の経営指針は「永続する経営」に定めました。
当社主要取扱品である大型建設機械部品の世界需要急減で2013年度より厳しい経営状態が続いていましたが、2017年度後半からようやく需要が回復し、事業環境が好転し始めて います。
当社が所属している秦野商工会議所は昨年設立70周年を迎え、この機会に会員の中で100年企業を公募しましたが17社公募がありました。人口17万人の秦野に100年企業が17社あるというのは驚きでした。当社は今年で創立62年目を迎えます。
諸先輩方が苦労の末立ち上げた会社を未来に後輩たちへ引き継ぐのが我々に負わされた責任であり、当社も100年を超える長寿企業にこれからしてゆかねばなりません。

その意味で無理な背伸びはしない、得意な分野に技術力を集中させ、新規設備投資ははっきりとした勝算のない限り行わないということを肝に銘じ、規模は追及せず堅実な持続可能な経営を心掛けていきたいと思います。
正直・誠実・謙虚を会社風土の基礎として‘売り手良し’、‘買い手良し’、‘世間良し’の「三方良し」の精神で永続して業務を続けていきたいと考えております。
社会が求めているもの、社会にとって本当に大事なものを正しく認識し、そこに価値を見出す、社会にとって「良い会社」でありたいと願っています。

今、様々な技術革新の波が押し寄せています、AIロボット、キャッシュレス、自動運転、空飛ぶ車など我々にとってはまだ身近な存在とは言えません。便利を追求する、便利な生活を保障する、これ自体異論はありません。ただ高度に自動化された社会は本当にすべての人間にとって幸せなものなのか疑問です。スマホ、家電の機能が複雑すぎて中々使いづらいという消費者の声があります。メーカーの立場からすると様々な付加価値をつけて高価格で買ってもらおうという意図が見え、少なくもユーザー目線ではありません。このような反省から誰もが分かり易いシンプルな使用方法に回帰しようとする動きが出ています。

これからはキャッシュレスが普及しそうです。キャッシュレスであれば受け取り側は釣銭を支払う必要がなくまた帳尻を合わせる必要がなくなり、非常に便利です。一方で支払い側は現金払いであればなるべくお釣りが少なくなるようなお札、コインの組み合わせを考えますが、キャッシュレスとなれば全く頭を使いません。自動運転になれば運転をするという緊張感・集中心を人間から奪うことになります。このように技術革新による機械化・自動化は人を怠惰にする危険性も十分はらんでいると言えます。

平成最後の年になってしまいました。テレビで平成を振り返るというような番組を見ていると年号が変わるというのは一つの時代が終わったという寂しさを感じます。新年号元年はどのような年になるのか、また新年号は‘自動化が普及し社会生活が画期的に便利になった時代’として将来語り継がれるのでしょうか?

■ 2018年10月
テニス愛好家として是非取り上げたいのは、大坂なおみ選手のテニス全米オープンの制覇です。かつて日本人の誰もが 為し得なかった偉業を若干20歳の大坂選手が成し遂げました。これまでの日本人のテニスグランドスラム最高成績は 2014年全米オープンの錦織選手の準優勝です。セレナ・ウィリアムズ選手との決勝戦ではウィリアムズ選手が主審の警告 ・ペナルティを不服として主審に激しく抗議しましたが、覆されず、ブーイングが飛び交う中、正常心を保ち続けた大坂選手 がストレートで勝ち切りました。試合後の表彰式が始まった途端、表彰のステージに激しいブーイングが観客席から浴び せられました。これは誤った判定によってアドバンテージを得た大坂選手が優勝し、試合前は観客の誰もが信じて疑わ なかった地元のセレナ選手が優勝するという期待が見事に裏切られたことへの、フラストレーションがそうさせたのでしょう。 大坂選手が涙ぐむ場面がありましたが、セレナ選手の大坂選手に対する慰めと「ブーイングは止めて」というセレナ選手 の呼びかけでその場は収まり、表彰式は無事に終了しました。この時の大坂選手の態度が控えめで純粋で日本人的 だとして賞賛を浴びました。このようなブーイングを浴びせる観客の態度は日本では考えられません。地元選手へのひいき はありますが、勝者をけなすようなことは決してしません。日本人の観戦マナーの良さは世界でも有数です。今回の件は、 第50回大会記念大会に産休後のセレナ選手が見事栄冠を勝ち取るというシナリオが見事に崩れた観客の憤りが、 セレナ選手の怒りに重複されて思わず出てしまった出来事と言えます。ライブでこの試合を見ていましたが、大坂選手は セレナ選手を実力的に終始圧倒していましたし、問題なく勝者に値すると言えるでしょう

社名、商品名には名づけられた由来があります。当社の‘極東窒化研究所’は「窒化の研究」をしているわけではありま せん。窒化処理の事業会社です。‘研究所’の名前の由来は窒化処理がまだ商業化されていない約60年前に、 別会社として独立する前の親会社窒化部門で大学と神奈川県の研究機関と共同で何回か試作を繰り返し、やっと 技術的に問題ないところまで行き着き、新会社を設立したわけですが、この時の熱心な研究心をいつまでも忘れずに 持ち続けようということで社名に‘研究所’を付けたと聞いています。例えば東京ディズニーリゾートを経営する「オリエンタル ランド」は‘東洋一のレジャー施設の建設’を目標に作られました。当初バラ園を作る目的でしたが、視察時の米国で たまたま訪れたディズニーランドに感銘を受けこれを日本に誘致しようということになったそうです。

商品名についてもその由来を辿ると歴史的背景が良く分かります。「アンデスメロン」は株式会社サカタのタネが「作って 安心」、「買って安心」、「売って安心」で「安心ですメロン」という商品名でメロンを売り出しました。ところがセンスがない、 メロンには「芯(心)」がないということで「アンデスメロン」としたそうです。南米のアンデス地方とは全く関係がありません。 またハウスの「ククレカレー」のククレは「クックレス(Cookless)」から来ています。まさに調理不要のカレーということになります。 このように会社名、商品名の由来を調べると様々な議論を通じてたどり着いた先人たちのネーミングの苦労がわかります。

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